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一月七日は「人日の節句」、皆さん『七草粥』を食されたでしょうか。

私はやはり、文化の伝承も歴史同様重要だと考えておりますので、一月七日は「七草粥」の起源や歴史を紹介します。

 

お酒は吞まないので、お正月の飲み疲れということも無いのですが、今年は年末の発熱の影響でお腹の調子も万全とは言えません。

そのうえ、妻の実家で美味しい御節料理やお餅をたくさんいただいたので、少し食傷気味です。

そこで、やはり一月七日は毎年と同じく「七草粥」を作ることにしました。

七草粥(我が家の物ではありません)

 

子供の頃は、母や祖母と畦道を探したりした懐かしい経験があります。

なずな(蕪)とすずしろ(大根)は、近年まで形の違いと思ってました(笑)

市郎右衛門
さて、今日1月7日は「人日の節句」我が家では毎年「七草粥」を作って無病息災を願います。
今回のブログは、その「七草粥」をとりあげます。
「文化にも歴史あり」文化と歴史はセットで覚えるとうんちくも増えて、歴史が好きになります。
はじめてのカテゴリー「日本文化をたしなむ」をお楽しみください。

春の七草見つけてみよう

春の七草覚えてみよう

せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ・春の七草

五・七・五・七・七で覚えると覚えやすいと亡き母に教わりました。

わかりましたでしょうか?五(せり・なずな)・七(ごぎょう・はこべら)・五(ほとけのざ)・七(すずな・すずしろ)・七(はるのななくさ)です。

 

さすがに、現代では七草全てを摘みに行って集めるのはかなり難しいでしょう。

すべて集まらなくても良いと思うのですが、今はスーパーのセットで全て揃ってしまうのが、逆に残念だと思います。

神戸といっても、私の自宅近辺(北区)は自然も多いので摘みに行っても良いのですが、冬休みの宿題に追われている子どもたちに、私のわがままを押し付けるわけにもいきません。

そこで、今年もスーパーで七草セットを昨日購入してきました。

JA全農おおいたの「賀正・春の七草」セットです。

私が育てましたの言葉に写真入りで野上農園の文字【由来】まで書いてある丁寧さで、私が説明する必要性がないほどです(笑)

今年はJA全農おおいたの物で、私が育てましたの写真入り【由来】まで...w

春の七草を探しに行こう

本来は前日に七草を摘みに出かけ、7日の朝にお粥にしていただ きます。

それでも、自宅の周りを少し探しに出かけました。

はこべら・ごぎょうはわが家の庭でも見つけました。

なずなやせりは散歩道でもよく見かけますが気温3℃で断念しました(-"-;A ...アセアセ

左「はこべら」右「ごぎょう」ごぎょうは小さくて自信無し!

 

うんちく~!なずなはアブラナ科ナズナ属の越年草です。

別名ペンペングサ(ぺんぺん草)、シャミセングサ(三味線草)とも言われます。

田畑や荒れ地、道端など至るところに生えています。

ムギ栽培の伝来と共に日本に渡来した史前帰化植物と考えられています(そうだったんだ(;^_^A)

 

ところで、七草のうちごぎょう、なずなは冬の終わり頃から採取でき、はこべらは冬でも青々と繁っています。

すずなとすずしろは日本へはかなり古くに伝わり、栽培されてきました。

 

蕪も大根も中近東が原産地とされ共に主食を補う食品とされていたようです(七草全て中国・朝鮮半島に自生する植物だそうです)。

おそらく畑などで栽培される植物は、現在に比べるとまだまだわずかしかなかったため、野山へ行って、様々な菜を摘んでいたのだと思われます。

山菜は「市郎右衛門」も子供の頃に、保存食用に家族で採取に出かけていました。

土鍋でつくると熱々(昨年バージョン)

 

子供の頃、すずな(蕪)と区別が付かなかったすずしろ(大根)は、父の栽培物です。

やはり土鍋で作ると熱々で美味しいですね。

お茶碗は、お気に入りの豊前焼き作家小川壮一(人間国宝伊勢崎淳先生のお弟子さん)作(昨年バージョン)

 

市郎右衛門
さあどうでしか?さとね君も「春の七草」見つけられたかな!
路傍の草にさえ目を向けてみる日本人の心の繊細さを、理解出来ましたか?
日本人のサービスが、心がいきわたって世界一といわれるゆえんが、こんな所からも出ているのだと理解してもらいたいと先生は思っているのです。
2020年の「東京オリンピック」や2025年の「大阪万博」で迎える世界の皆さんへ日本の文化ともいえる心配りを、いかんに発揮してほしいですね。

さとね
先生がいつもあっちこっち向きながら歩くのはそのせいなんですね!
溝の中ばかり見て、お金でも落ちてるのを探してるのかと思ってました~w

元旦と元日と正月

皆さん年賀状(私もメールやLINEが多くなってきましたが)に書くときに、1月1日元旦とか一月一日元日とか書きますよね。

元旦と元日はどちらも一年の始まりを表す言葉ですが一体どのような違いがあるのでしょうか、使い分けは、ご存知でしたか?

年配の方は、常識なのかもしれませんし、若い皆さんはメールやSNS挨拶に変わっていっているのかな?

 

年配の方でも今年は年号も変わるし、高齢のため年賀状を辞退する方もおられるようです(「卒年賀状」宣言などとも言われてますね)。

我が家も、高齢になった叔母から来年から年賀状を辞退する旨の一文が添えられていました。

残念なようですが、時代の変化と受け入れうるのか?むずかしいところですが、日本の歴史や文化をブログのテーマにしている私には少し複雑な心境です。

 

さて、元旦と元日と正月について少しおさらいしておきましょう。

元旦

元旦は厳密には、元日(1月1日)の朝で元日の昼までを表します。

元旦の「旦」の文字は太陽が地平線から出る様を表した漢字で、「日」は太陽を表し「一」は地平線をあらわしています。

旦の文字が、朝や夜明けを表すため元旦は1月1日の朝のみを表すとも言われますが、1月1日(元日)をふくむ意味合いも有るようです。

 

つまり、元旦の朝という表現も必ずしも誤りではないと言えます(重複表現であり避けるべきとしている辞書もあります)。

しかし、元旦が元日の朝も意味することに変わりはないために、1月1日の朝を言う場合は「元旦の朝」とは言わず「元日の朝」というのが厳密には正しいようです。

 

年賀状は元日の朝に着くように出すのが礼儀(郵便事情もあると思いますが)だそうで、「元日」ではなく「元旦」を使うべきだそうです。

また「平成三十一年 元旦」はOKですが、「一月元旦」は元旦に一月一日朝の意味が含まれ、一月の二度使いになるので駄目だそうです。

ちょっとややこしいですよね。

元日と正月

元日は1年で最初の日で1月1日の事です。

正月は本来1月のことで、元日や元旦と異なり一年の最初の月を表します。

ただし近年では、元旦から1月末日までの一か月が表して使われることは少なく、一般には正月を祝う期間を示しています。

 

その期間は大きく分けると三が日と松の内に分けられます。

三が日は元日から三日間のことで、国民の祝日は元日のみとなりますが、官公庁や金融機関などは三が日を休日とし一般企業もこれに準じていることが多いですね。

また、「正月気分が抜けない」「正月休み」はなど、元日に近い意味での正月は三が日のことを言います

 

風習行事としていう場合の正月は「松の内(正月の門松や正月飾りを飾っておく期間)」の意味を示していることが多いようです。

昔は元日から15日までを松の内と言いましたが、現在は7日までを言うのが一般的になっています。

ただし地域の風習によって地域があり関西地方では15日(小正月)までが多く一部地域では20日(二十日正月)というもあり地域もあります。

ちなみに私の実家但馬では、どんど焼(「とんど」とも言われ正月飾りを焼く風習)きを15日に行っていた記憶が有るので、関西風ですね。

さとね
そいえば私も「あけおめ」は友達は殆どLINE、FacebookとTwitterのお友達はまとめて一緒にですね。
年賀状出すのは、「市郎右衛門」先生と小学校時代の先生や中・高時代の担任の先生くらいです。
お金もかかるし、SNSの方が簡単~!「卒年賀状」宣言、わかる気がしますw
時代とともに文化も変化していくんですね、それもまた歴史の1ページなのかもしれませんよね。

七草粥の歴史

七草粥の起源は何?

七草粥の起源についてお話します。

起源は中国から来ています。

1月7日の「人日(じんじつ)の日」に行われる「人日の節句」の行事で、五節句のひとつです。

 

節句(せっく)は、中国の陰陽五行説に由来して定着した日本の暦における、伝統的な年中行事を行う季節の節目(ふしめ)となる日の事です。

日本の文化・風習に溶け込んで色々な行事が行われます。

五節句と祝儀料理

古くは節日(せちにち)とも呼ばれていました。

この日には、宮廷において節会(せちえ)と呼ばれる宴会が開かれていました。

年間にわたり様々な節句が存在しており、そのうちの5つを江戸幕府が公的な行事・祝日として定めています。

それが人日の節句(じんじつ・1月7日)、上巳の節句(じょうし・3月3日)、端午の節句(たんご・5月5日)、七夕の節句(しちせき・7月7日)、重陽の節句(ちょうよう・9月9日)の五節句です。

一番なじみのないのは、重陽の節句ですかね。

 

「御節供」と呼ばれた節句料理はもともと五節句の祝儀料理すべてをいっていたようですが、のちに最も重要とされる人日の節句の正月料理を指すようになって行きます。

そして、今日では「おせち」として、正月三が日もしくは七日にかけての松の内の期間(正月飾りを付ける期間で地域差があるようです)において食べるものを指すようになっています。

ただ、今日でも「人日の節句」の七草粥など「節句料理」として残っているものがあります。

 

  • 人日(じんじつ)1月7日、七草の節句とも呼ばれ七草粥を食べます。
  • 上巳(じょうし)3月3日、桃の節句とも呼ばれ、雛祭として菱餅や白酒などを食します(雛あられ、メーカーの陰謀?)。
  • 端午(たんご)5月5日、菖蒲の節句とも呼ばれ、菖蒲酒(知らなかったです)、菖蒲湯の習俗があります。
  • 七夕(しちせき)7月7日、七夕(たなばた)の方がなじみがあります。 裁縫(織姫から?)の上達を願い素麺を食べるそうです(これも知らなかった)。
  • 重陽(ちょうよう)9月9日、菊の節句とも呼ばれ菊を浮かべた酒などを飲むようです。

 

節句に飾られる人形(雛人形、五月人形など)は、節句人形(せっくにんぎょう)とも呼ばれています。

端午の節句はゴールデンウィーク中なので、実家に帰省しているときには、山の堤(わが家の用水池)に生えている菖蒲(しょうぶ)を取ってきてお風呂に入れます。

関東地方では柏餅(これも全国区)、中国地方や関西地方ではちまきを食します(但馬でちまきを食べた事ないですけどね)。

柏餅を包む葉っぱに地域差がある?

柏餅についてですが、柏餅で使われているのは、文字通りカシワの木の葉ですが、柏の木というのは「コノテガシワ」という木のことを指しますが、実はコノテガシワの葉は細長い形をしており、我々が知っている柏餅を包んでいる葉とは異なります。

実際には我々の知る柏餅の葉は「槲(カシワ)の木」の葉が使用されています。

同じ「カシワ」でも、「柏」餅の柏ではなく槲の木の葉だったといううんちく話です。

 

さらに、鳥取県に単身赴任して知ったのですが、地域によってはサルトリイバラという木の葉が使われています。

これは、近畿から西の地域に多く、柏の木が少なく、柏の葉が取れないのが理由と推測されます。

使用している葉は、地域や習慣によって違うようです。

七草粥の広がり

文字通り 「人の日」という意味で、古代中国で元日に鶏、2日に犬、3日に猪、4日に羊、5日に牛、6日に馬、7日に人、8日に穀を占う行事があり、7日は人に刑 罰を与えたりせず、7種の若葉を粥に入れて無病息災を願っていたことに由来します。

この中国の風習が日本へ伝来し、当初は宮廷で行われていました。

枕草子にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」の記述があるようですが、当時は羹(あつもの)と呼ばれる汁だったようです。

室町時代の頃から粥に変化したと考えられています。

 

一方日本では、雪の間から芽を出した若菜を摘む行事がありました。

「子(ね)の日の遊び」と呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む「若菜摘み」とも言われていました。

 

さらに庶民の間では、もともと米、麦、粟、稗、黍、大豆、小豆など七種の穀物で作られた七種粥というものがありました。

これら古来からの風習が結びついて、のちに「七草粥」となり、貴族社会から庶民へと広がったようです。

江戸時代に五節句のひとつとして定着しました。

リゾット風七草粥、器に注目してください。島根「湯町窯」のガレナ柚の黄色素敵! 角皿は自作!

 

今年は卵アレルギーの次女が先に食事を済ませていたので、とろけるチーズと卵を入れてリゾット風に仕上げてみました。

お正月に帰省した時に持ち帰った実家のすずな(蕪)とすずしろ(大根)ももちろん入っています。

さとね
リゾット風「七草粥」美味しそうです~食べた~~い!
先生お料理お上手ですよね...いつも奥さんに作らされてるんじゃないですかw
日本人て中国から入った文化をうまく日本的に作り直してますよね、ラーメンとか餃子なんかもそうですよね。
本場中国で「七草粥」って文化は残っているんですか?

市郎右衛門
どうでしょうかね、お粥文化は今でも残っていますが、豪快にお椀の中に入れてトッピングも色々な映像をTVで見た気がします。
それと、中国で最も大切で伝統的な祝日は旧正月(春節)で2019年は確か2月5日だったと思いますよ。
最初に「七草粥」で無病息災を願うと書きましたが、七草にそれぞれ薬効が有るのです。
そこの辺りは、来年「七草粥」をリライトするときのさとね君の宿題にしておきますね(笑)

最後に一言

市郎右衛門
さて初めて文化の観点から歴史を紐解くブログを書きました。
いかがだったでしょうか?また一つ日本文化の素晴しさを感じてもらえたら嬉しいです。
最後に七草のすずな(蕪)には、利尿効果があり便秘の時には お通じを良くしてくれ、精神面では気持ちを安定させる効果もあるそうです。
さとね君はじめ女性の方は是非お試しください。

本当は子供たちと、図鑑片手に家の周りに探しに行きたいと思うのですが、なかなか付き合ってはくれません。

このような、日本文化の伝統は、できるだけ子どもたちに引きついでいきたいと思うのですが、押し付けると反発するものなので無理強いはいけないのかもしれません。

毎年父親「市郎右衛門」が行っている風習を、自分たちの代に成っても続けてくれると嬉しいのですが...

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歴史って本当に面白いですよね~!

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