私のおすすめ記事TOP10
三重塔の風景

西国三十三観音霊場巡り一番札所の「那智山・青岸渡寺」と、隣接する「熊野那智大社」と「那智の滝」を一緒にご紹介します。

西国三十三観音霊場巡りシリーズの第二弾に成りますが、前回は別格寺院の「東光山花山院・菩提寺」だったので、今回が実質初回ともいえます。

当然、神仏習合の残りで隣接の「熊野那智大社」も一緒にお詣りしてきましたのでご覧ください。

季節によっては最高です!

 

紹介する、西国三十三観音霊場の第一番札所「那智山・青岸渡寺 」は日本一の落差を誇る那智の滝で有名です。

皆さんご存知でしょうが、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』(2004年7月登録)の一部と成っています。

市郎右衛門
この記事の取材はもう三年半前に成りますので、システムやお値段が変わっているかもしれません。
しかしながら、この「青岸渡寺」だけは一人で行くならばバスツアーをお勧めいたします。
文中でも書いておりますが、大阪や神戸からだと東京行く方が早いんちゃうの?という感じの時間が掛かります。
にもかかわらず、階段は467段と多く見て廻る処も沢山有って、マイカーで行くにはちょっと辛いです。
体の疲れを考えたら、旅行社に任せるのが良いのではないかと考えます。

那知山「青岸渡寺」へ3980円でお詣りできた!

私的には、バスツアーは何度か経験していますが、四国八十八ヶ所巡りの初バスツアーに行った後、2度目のバスツアーだったと記憶しています。

阪急交通社のツアーで宝塚出発の中学生当時の長男と二人旅でした。

私たちの時は、お値段3980円でしたが、ブログを書くにあたって検索した所、現在は5980円が最安値でした。

なぜ、2000円安かったのかは謎(物価高騰?)ですが、5980円でも充分安いといえるお値段だと感じます。

バス日帰りツアー

3980円てどうよ!

当時の感覚でも、3890円はとにかく「安い!」と思いましたね(笑)

長男と二人で1万円以下ですから...

「那智山・青岸渡寺 」は自宅から距離もありますし、自家用車で行くには少しばかり遠いと考えてバスツアーを選んだのですが、御朱印を集め初めた私にとっては正解のツアーだったといえます。

お弁当も程々美味しいし!

 

バスはイケてた?

とてもきれいなバスでした。

乗り心地も良く(ほとんど寝ていましたが)車酔いもありません。

基本スケジュールは、宝塚(7:30集合)=西宮北口(8:05集合)=ナカタ食品(ご当地・紀州の梅干しのお買物)=かまばこセンター(お買物)=青岸渡寺・熊野那智大社・那智の滝(自由参拝)=古道歩きの里・ちかつゆ(和歌山名産品などお買物)=宝塚(20002230着)

バス走行距離は約500キロです。

マイカーだと当然きついですよね。

第1回のツアーは巡礼入門セット付き!

第1回のツアーということで参加者には「巡礼入門セット」がプレゼントされます。

日帰りバスツアーは全行程12回ですから一月に一日行けば一年で満願成就です。

西国三十三観音霊場巡礼第一番は、「那智山・青岸渡寺 」のみです。

「巡礼入門セット」は、「観音経本」、西国三十三所巡礼マップ、「納め札付」(お一人様50枚付)、線香・ローソク付です。

先達さん同乗!

ツアーには西国三十三所札所会公認の先達(せんだつ)さんが添乗員とは別に同行しています。

先達さんて誰?と思いますよね、私は四国巡礼旅で理解していましたが、巡礼は基本修行です。

お勤め(お経を読みながら)しながら各寺院を巡ることになります。

古来より巡礼の案内をする方を、古くは御師(おし)と呼び、巡礼者にお寺の由緒、巡拝の功徳や作法などを語る習わしがあったようです。

今日では、勤行(基本巡礼は修行の一環です)の導師を勤め、寺院の歴史や由緒、ご本尊の功徳などを巡礼者へ説明され、お世話されている方が、先達さんです。

バスツアー(何処の会社でもOKだと思いますが)を利用すると、西国三十三所札所会公認の先達同行ツアーでしかもらえない「御詠歌護符(これだけはバスツアー参加者しか手に出来ません)」が付いています。

先達さんになるには、西国三十三所を一巡(多くの先達さんは何週もされています)し、札所寺院から満願の確認を得て、西国三十三所札所会に承認されて晴れて先達さんということになります。

荘厳な那知の瀧をどうぞ!

青岸渡寺へ到着前に那智の滝の見物とお詣り、集合写真(購入は自由・私はしていません)を撮影します。

最初に到着するのは那智の滝です 下り階段100段ほどですか?

雄大で素晴らしい!

アイキャッチ画像でもご覧いただきましたが、日本一の高さ(落差は133メートル)を誇る那智の滝は素晴らしいです。

滝自体が神様、見物場所は竜飛神社の境内ということになります。

高さ日本一(133m)那智の滝を堪能

 

鳥居が有るように瀧そのものが神様(自然信仰)です 子供の頃の写真なので文句も言わないと思いますが

御朱印を急げ!

「那知の滝」滞在時間は、集合写真や階段の上り下りを入れても30分程です。

私には飛瀧神社の御朱印をもらうというミッションもあり必死の形相です(笑)

そして元来た階段を駆け上がる

 

西国三十三観音霊場巡礼バスツアーでは、目的寺院の御朱印を、御朱印帳か、おいずる(白衣)、掛け軸に一人一印だけはガイドさんが貰ってくださいます(ちょっと楽です)。

もちろん「西国三十三観音霊場青岸渡寺」の御朱印だけです。

つまりその他は、自身でもらわなければいけません(これが大変なのです)。

飛瀧神社や熊野那智大社、青岸渡寺の御詠歌・三重の塔の園通殿・如法堂、(近年は草創1300年記念だの、月事御朱印などきりが無いのですが)と必死に走りまわって頂きました(笑)

 

右飛瀧神社 左熊野那智大社

青岸渡寺へ登るぜ!

青岸渡寺の登り口までバスで移動します。

ほんの数分です。

そこからはいつもの?階段です(古い由緒ある神社仏閣は階段が多いことが難点です)。

今回は467段~~~と!

460段(笑)へっちゃらです

 

青岸渡寺はどんな寺院なの?

那智山・青岸渡寺は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺院です。

西国三十三観音霊場第一番札所、寺号は秀吉が大政所の菩提を弔うために建てた高野山の青巌寺に由来すると言われます。

本尊は如意輪観世音菩薩(秘仏となっているのでみられません)。

如意輪観世音菩薩(姫路市円教寺にあるレプリカ)

 

本堂および宝篋印塔は国の重要文化財。

青岸渡寺の歴史

歴史ですが、熊野三山の信仰が都の皇族・貴族に広まったのは平安時代中期以降であり、青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としないそうです。

伝承では仁徳天皇(古い古い時代です)の時代、天竺から渡来した裸形上人(まあ裸だったんでしょうね~笑)による開基とされ、同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したと伝えられます。

後に推古天皇の勅願寺となり、6世紀末 ~7世紀初に生仏聖が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたといわれます。

これらのお話しはあくまでも伝承ですが、那智滝を中心とする自然信仰の場として早くから開けていたと思われます。

先達さん(信仰の先を行く先輩格の方々バスに一人乗車されてお話してくださいます。)のお話では、初期仏教の聖地では女人禁制が常でしたが、ここ青岸渡寺は那智の滝信仰と重なることもあり、女性にも開放されていたために、多くの信仰を集めたようです。

長男3年前はかわいかった?後ろに三重の塔と滝が見える撮影スポットです(モザイク入ってますよ)

 

中世から近世にかけて、隣接する熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場であり、如意輪堂と称されたその堂舎は、那智執行に代表される社家や那智一山の造営・修造を担う本願などの拠点でした。

本堂横から撮影、世界遺産です

 

ご神木?記憶が~タブの木だったと思います

 

重文鎌倉時代「宝篋印塔」

 

豊臣秀吉寄進の本堂、世界遺産の石碑が在りますね

 

豊臣秀吉が寄進した鰐口「直径1.4メートル、重さ450キロ」が有名です(見えません9

 

明治時代に神仏習合が廃されたとき、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されましたが、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ、のちに信者の手で青岸渡寺として復興しました。

青岸渡寺「普照殿」の御朱印

さとね
先生!
いい所に一人(お子さんも同伴だけど…)で行くのはどうなんですか?
私を連れて行くのはだめなの?
もう~~~!
さとねは怒ってるんですよ~!

市郎右衛門
(-"-;A ...アセアセ
さとね君そいうわけでは無いんだよ...
三年半前に行ってたの!君が入学する前だよ~^^
君は研究室に入ったばかりだし、出土品の整理とか実測とかまだまだ覚えなくてはいけないことがあるじゃないか!
先日宿題に渡した土師器のトレースも済んでいないはずだぞ!

熊野那智大社

青岸渡寺のすぐお隣!大門を抜けると神仏集合霊場の「熊野那智大社」です。

熊野那智大社は、熊野三山の一社に成ります。

全国約4,000社ある熊野神社の御本社でもあり、日本第一大霊験所根本熊野三所権現として崇敬の厚い社なのです。

古くから那智熊野大社は、ご祭神「熊野夫須美大神(=伊邪那美=千手観音とされる)」の御神徳により「結宮」と称され、人の縁だけでなく諸々の願いを結ぶ宮として崇められています(出雲大社の様ですね!)。

熊野の自然と共に、神々の恵み深い御利益のある神社です。

467段?の最後です 実際は青岸渡寺の後だったので帰りにパチリ

 

神仏習合の残り?線香をお供えしてますね

 

ずらっと並ぶ神様の拝殿

 

参道の長い石段(467?段)の上は、右に青岸渡寺があり、左は朱の大鳥居と大社の境内が続いています(今回はバスツアーですので先に青岸渡寺にお詣りし、横切るように神社へお詣りです。)。

拝殿の奥には鈴門・瑞垣を挟んで本殿があり、向かって右から滝宮(第一殿)、証誠殿(第二殿)、中御前(第三殿)、西御前(第四殿)、若宮(第五殿)が並んでいる。正殿の第四殿が最も大きく、若宮の左手前には第六殿(八社殿)があります。

 

なお、現在は山の上に社殿があるものの、元来は那智の滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと思われます。

那智の瀧は自然を尊び延命息災を祈る人が多く、また八咫烏の縁起によりお導きの神として交通・海上の安全の守護を祈り、さらに御神木の梛の木は無事息災をあらわすものとして崇められています。

 

那智の滝は「一の滝」で、その上流の滝と合わせて那智四十八滝があり、熊野修験の修行地となっています。

熊野三山の他の2社(熊野本宮大社、熊野速玉大社)では、明治の神仏分離令により仏堂が廃されてしまいましたが、那智では観音堂が残され、やがて青岸渡寺として復興しています。

「樟霊社」胎内くぐりも出来る大木

 

上の写真は、御神木の「樟」平重盛(たいらの しげもり・平清盛嫡男)のお手植えの木で、ただのご神木ではなく(樟霊社)という社にして祀っています(全景が無いのはご容赦願います)。

平重盛の時代からですので、まさに800年以上の老樟(長寿や無病息災のご利益が在ります)。

通り抜けが出来るので、長男が抜けてきました。

さとね
そんなこといったっていきたいんです~~!
そういえば、明日は岡山の備前焼の窯焼きの見学に行くって言ってましたよね~。
そんなふうに、自分の好きなことは率先してやるくせに、許せないわ!

市郎右衛門
おいおい!
それは以前から、お友達の作家さんと約束してたんだからしょうがないだろ。
備前焼は日本六古窯の中でも最も須恵器の製法に近いといわれているんだよ、是非一度見学に行きたかったんだ!
一週間寝ずの番で焼き続けるんだよ、そんな遊び気分で行けるようなところでは無いんだからね。

補陀落渡海て何?

少し怖いお話をいたします。

那智山から下った那智浜には補陀落渡海の拠点となった補陀洛山寺があります。

参考迄に、内田康夫の推理小説「熊野古道殺人事件」を読みますと補陀落渡海をイメージ出来ると思いますけよ。

収集癖の私にもピッタリの「御影」左が青岸渡寺の「如意輪観世音菩薩」

 

こんな物も集められる「一文字」散華

 

補陀落渡海を説明します

「補陀落渡海」とは、補陀落を目指して船出するこです。

「補陀落」とはサンスクリット語の「ポタラカ」の音訳で、南方の彼方にある観音菩薩がお住まいに成る浄土のことをいいます。

日本においては南の海の果てに補陀落浄土はあるとされ、その南海の彼方の補陀落を目指して船出することを「補陀落渡海」といいました。

 

実際に船出した方々がいるんです。

補陀洛山寺境内にある石碑に、それらの人々の名が刻まれています。

平安前期の貞観十年(868)の慶龍上人から江戸中期の亨保七年(1722)上人まで、那智の浜からは25人の観音菩薩信者が補陀落を目指して船出したと伝えられています。

 

補陀落渡海の多くは11月、北風が吹く日の夕刻に行われたそうです。

渡海僧は当日、本尊の千手観音の前で読経などの修法を行い、続いて隣の三所権現を拝し、それから船に乗りこんだといわれます。

 

渡海僧は、30日分の食料と灯火のための油を載せて、小さな屋形船に乗りこみます。

渡海僧が船の屋形のなかに入りこむと、出て来られないように扉には外から釘が打ちつけられたそうです(その時点で死ぬ覚悟やん!)。

 

渡海船は、白綱で繋がれた伴船とともに沖の綱切島あたりまで行くと、綱を切られあとは波間を漂い、風に流されいずれ沈んでいったものと思われます。

渡海僧は、船が沈むまでの間、密閉された暗く狭い空間のなかでかすかな灯火を頼りに、ただひたすらお経を読み、死後観音浄土に生まれ変わることを願い、そして最期に船は沈み、入水往生を遂げたのでしょう。

 

船のしつらえや渡海の方法などは時代により異なるのでしょうが、補陀落渡海とは、いわば生きながらの水葬であり、自らの心身を南海で観音様に捧げる捨身行だったのですね。

補陀落渡海の記述に付きましては、「み熊野ねっと」を参考にさせて頂きました。

ありがとうございましたm(__)m

 

さて皆さん、信仰とはなんでしょう?本来「神道は自然崇拝」「仏教は現世での解脱」だと思うのですが、皆さんいかがでしょう。

死んで花実が咲くものか?と考えるのは私だけでしょうか?

さとね
そうなんですか~^^
じゃあしょうがないけど、私の大好きな「キビ団子」買って来てくださいよ~~w
それに苺が美味しいんじゃないかしら?そろそろ季節でしょ!
それに津山ホルモンうどんとひるぜん焼きそば食べたいんです~~!
やっぱり連れて行ってくださいよ!!!

市郎右衛門
わかった、わかった、わかったから!
補陀落渡海という重いテーマなのによく土産物話ができるもんだ...さとね君は、少しお寺にでもこもって修行してきたらどうなんだ?
自分を見つめ直す良い機会になるかも知れないぞ!
それから、前回あわただしかったのでゆっくり巡るコースを検索してみました。
近鉄グループのクラブツーリズムが提供している一泊二日のコースです(まあお値段がですが、これならゆっくり楽しめると思えます)。
【素敵な旅行を探してみよう】
話題の世界遺産や大古の歴史を楽しむ旅!

最後に一言

市郎右衛門
皆さんいかがだったでしょうか?
さとね君が引っ掻き回して、大変になったけれど、青岸渡寺や那智熊野大社を含む熊野古道の進行は古くから皆の心をつかんでいたことがわかりましたね、それに補陀落渡海には私もびっくりしました。
即身仏と変わらない考えだね、「即身仏」と「即身成仏」は違うことを、あえていっておきます。
即身成仏は、「人間が現世(生前中)に存在しながら、異次元の大日如来と結合して仏となる」という意味であり、現象学でいうところの「実在」と「現象」の結合を主眼においていることを忘れてはいけません。

日本第一の下に吉の文字が有るのが「熊野那智大社」の午玉宝印です

上の写真は、カラス文字で描かれている有名なお札、午玉宝印。

これは熊野那智大社のもので、71羽のカラスで「那智滝宝」と書かれてあるのです。

読めますか?

実は御神符の購入を忘れた、うっかり「市郎右衛門」ですが、熊野那智大社のお札は大河ドラマの盟約シーンなどでも良く出てきています。

私は勉強不足で知らなかったのですが、先輩ブロガーのUPで教えていただきました。

 

古くから熊野の神々は信仰の対象だったのですね~!知っていれば、いただいていたんですけどね~(笑)

とにかく、バスに揺られること往復12時間(途中休憩3回)現地一時間ほどの強行軍!

御朱印のため?とはいえ、すこし無理が有りましたね~次回が在ればゆっくりお参りしたいです~(;´・ω・)

さとね
先生~~~~!
3980円って前のブログに書いてありました!
皆さん間違えてました。
申し訳ございません。
【最初に読んでほしい記事リンク】
いつも応援ありがとうございます。
歴史って本当に面白いですよね~!

今後もランキングにはこだわって良い記事をUPしたいと思います。

絶賛ランキング参加中!二つのバナータグを「 ポチっと」クリックして応援お願いします。

|o´艸)。oO(Thank you)。

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ

バナーをクリックしますと、ランキングページに移動します。
「市郎右衛門」のブログ99%歴史が好きになるブログ「高天原の縁側日記」は、お陰さまで上位にランクインしています。
ランキングを、もう一度クリックすると、ブログホームに戻ることができます。

この記事が気に入ったら フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事